「退きなさい! 僕は、無駄な殺生はしたくないのです!」



 その凛とした言葉に、反応したかどうかはわからないが……

 一匹のライガルが、鼻を一度ならし声の主の匂いをかいだ後、顔を挙げ一つ吼え他のライガル達と共にその場から走り去る。

 走り去ったライガル達を見てホッと安堵の息を吐きつつ歩を進める。

 何時も傍に居る可愛らしい導師守護役には、第一譜術のナイトメアで強引に眠りについてもらった。

 後で怒られるなぁ。と、のんきに思うと同時に何故か笑ってしまう。

 可愛らしい導師護衛役に怒られるのも悪くは、ないですよね。などと思いつつ歩を進める。



「おい。その先は魔物がうようよして危険だぜ?」



 不意に後ろから声をかけられ振り向く。其処に居たのは紅と言うよりも朱。

 朱色の髪の青年だった。

 つい、アッシュ? と、呟いてしまったのはしょうがないと思う。



「この先に何の用事があるかしらねぇけど……危ないぞ?」

「大丈夫です。こう見えても僕は」

「僕は、導師ですから……か?」



 青年は、困った様な笑みを浮かべながら僕に歩み寄りクシャリと僕の頭を撫でた。



「何故、僕が導師だと? ただのそっくりさんかもしれないですよ?」

「髪の色と服装。それに持ってる杖。どれとっても導師イオンだろ?」



 うっ……せめて服装ぐらい変えて来るべきでしたかね? と、思いつつ目の前の青年を見やる。

 相変わらず青年は、笑みを浮かべたまま。



「俺は、ルーク。短い間だとおもうけど、付き合うぜ? この森の魔物ぐらいなら倒せる」



 ルークの提案に、イオンは目を見開いた後であわてて首を横に振るう。



「ばぁか。導師ったって譜術使えても使うのに時間かかっだろ? なら、前衛が必要だ」

「ですが……貴方は……」

「本来居るはずの導師守護役が居ないって事は、抜け出してきたんだろ?」

「う……」

「俺も……この森には用事があるんだ。旅は道連れ世は情けってヤツだ」



 んじゃ、行こうぜ。イオン。と、言うや否やルークは歩き始めた。

 それをあわてて着いてゆくイオン。



「そういや、イオンはなんでこの森に来たんだ?」

「え? えっと。エンケーブで食料泥棒がありまして、倉庫にチーグルの毛が落ちてたんです」

「ふーん……んじゃ、犯人探しか」

「そうですね……」



 エンケーブのリンゴは、美味かった。と、唐突に告げた後でルークは、綺麗な笑みを浮かべイオンを見やる。

 タダ食いはいけねぇよな。たとえ聖獣でもよ。と、笑った。

 ルークにしてみれば、それは知っている歴史の流れ。

 此処でルークは、ずっと自分についてきてくれた鬱陶しくも可愛らしい一匹のチーグルと出会う。

 そのチーグルに助けられた事は何度もある。特に野宿の時の火種とか……

 空飛んだ時は驚いたなぁ……と、口はしに小さな笑みを浮かべた。










「イオン様が居ない!?」



 エンケーブの村で、導師守護役の少女は眠気が晴れ守護すべき者の寝床を見やるなりそう叫んだ。

 確かに自分も眠りにはついたがそれは、何か物音一つ何か動く気配一つあれば直ぐに起きれる浅すぎる眠りだ。

 それが、導師イオンが居なくなりこの日が昇るまで眠りこけるとはなんて事……と、ガックリと項垂れる。

 と、同時にそういえば急に凄まじい睡魔が……その睡魔と一緒に小さく聞こえた声。



「あの誘いドS……」



 その睡魔を襲わせたのは、導師イオンを狙う輩でもなんでもない……導師自身が、自分に第一譜術のナイトメアをかけただけ。

 小さく肩を震わせた後で、少女はバシッとベットを一度強く叩きつけた。

 行き先は把握している。チーグルの森だ。

 直ぐに追いついて引きずってこなければ! と、少女はその部屋から勢い良く飛び出した。






「……いない……」

 ティアが起床して隣のベットを見た後の第一声。
 暫くそのまま沈黙した後、ティアは慌てた様にベットから転がり落ちた。

「いたたたた……」



 直ぐに立ち上がり再度ベットを見やる。

 そのベットで寝ていた主は、やはり其処には居ない。

 慌てて宿屋の主に尋ねる。朱色の青年は何処に行ったのか!? と、

 すると、宿屋の主はやや困惑した後で、あぁ、そう言えばこれ預かってるよ。と、一枚の手紙をティアに差し出した。

 その手紙に書かれていた内容といえば非常に簡素。



『チーグルの森に行って来ます。夕飯には帰ります。ルーク』



 ティアが、その手紙を感情赴くままに破り捨てたのは、しょうがないと言えるだろう。

 そして……



「ルゥウウウーーーク!!!」



 そう叫んだのもしょうがないのである。

 直ぐに持ち直したティアは、急いで宿屋を出て村の入り口から出ようとしたのだが……

 ドンッと、思いっきり何かにぶつかる。



「いったーい。誰よぉ。こんな大事な時に」

「あ、ごめんなさい。急いでたモノで」



 慌ててティアは、ぶつかった少女を起し上げ服埃を払う。



「何を急いでたの?」



 不意にそう尋ねられる。



「え、えぇ……急いでチーグルの森に行かないといけないのよ」

「え? 奇遇ってヤツだね。アニスも行かないといけないんだ」



 アニスの発言に、ティアはえ? 貴女みたいな女の子が? と、言おうとした所でアニスの服装を見て目を見開く。

 アニスの服装。それは導師守護役だけが着る事を許された服。



「じゃぁ一緒に行きましょう」

「へ? あ、アニス一人で十分なんだけどぉ?」

「貴女が行く理由と私が行く理由。違うけど、ある意味同じなのよ」

「?」

「どちらにしろ私はチーグルの森に行くわ。貴女も行くでしょう?」

「そ、そりゃぁね」

「なら、いま此処でグズグズしている暇はないわ」

「あ、い、急がなきゃ!!!」

「行きましょう!」

「うん!」



 いつの間にか、ティアとアニスの二人が共に行く事になり二人は、

 エンケーブの村から勢い良く外に出てチーグルの森へ急ぐ事となるのだった。












「……頭、痛いですねぇ……」



 と、眼鏡を抑えながらそう呟くのは、死霊使いと恐れられる男。

 この度のキムラスカ=ランバルディアとマルクトの和平を行う為にマルクト皇帝陛下の名代として選ばれた者。

 その男は、手にした手紙……と、言うよりもメモに近い走り書きを見て再度溜め息を着く。



「至急タルタロスを始動。行き先はチーグルの森です。導師イオン様を迎えに行きますよ」



 その男の言葉に、近くに居た兵士は綺麗な敬礼をし短く「はっ!」と答えた後でその場を急いで後にした。

 男は、手にしていた手紙を丁寧にたたむと己の胸ポケットに入れた後で、やれやれ。と天井を仰ぎ見た。



『イオン様逃亡。行き先チーグルの森。導師守護役アニス・タトリン』

















 おまけ

 ガイ・セシルの愉快な旅その2



「……大丈夫。ですか?」

「だいじょばない……色んな意味で、速さの世界を見た」

「まだ、遅い。方です」

「………ルークの捜索破棄したい。すっごく破棄したい」

「? 大丈夫。イオン様。これ以上の速さで、わらって、ました」

「いったい……どんな人なんだ……」

「? イオン様は、イオン様」

「……あー今更なんだが……君って、妖獣のアリエッタ? 六神将の」

「? そう、ですよ?」

「あーそう。そうなんだー……頼むからあまり近づかないでくれな?」

「アリエッタ。近づくの、ダメですか?」

「あぁ!? ちょ!? 泣かないでくれ! え、えっとだな! 俺は、女性恐怖症ってヤツで!」

「きょーふしょー?」

「そ、そうなんだ。女性が近づくと体が勝手に逃げるんだ! だから、な?」

「……わかった、です。アリエッタ。ちかづかない」

「わ、わかってくれて嬉しいよ……ん? そういえば、何故妖獣のアリエッタが……こんな所に?」

「秘密です。モース、言うには、極秘って言ってました」

「そ、そうなんだ」

「そうです」

「で、そろそろ。ライガが俺の襟首を離してくれるとうれし」

「まだ、遠いで、す。スピード。モット早く。します」

「ちょ!? やめ!! アァアアー!!」