「あんまり魔物と戦わなかったな。まぁ避けてたからそんなもんだよな」



 と、ルークはグッと伸びを一つして隣に居るイオンにそう話しかける。

 その言葉に、えぇ負担もあまり無く到着できましたね。と、口元に笑みを浮かべて答えた。

 二人の目の前には、巨大な樹。根元には、成人男性の平均身長よりも二周りは大きな洞。

 足元に落ちているのは、数個ばかりのリンゴ等の果実。



「一応、イオンは俺の後ろを歩いてくれ」



 木刀を片手にそういいながら、洞の中へと入ってゆく。

 それに続きイオンが洞の中へ入った。

 洞の中は、広く天井も高い。天然の家だった。

 その家には、色様々なチーグル達が居り二人が入って来た事にミューミューと、鳴き声を上げる。



「うるっせぇ……」



 チーグル達の大合唱に、頭を抑えながらにそう呟いた後で、ルークは木刀を腰に差し戻す。

 イオンもルークの呟きに同意なのか困った様な表情を浮かべた後で、その場にしゃがみ一番近くに居たチーグルに手を伸ばす。

 突然伸ばされた手にチーグルは、驚いて後ろに逃げてしまった。



「ユリア・ジュエの縁者か……?」



 老成した声が、足元から響く。二人は、その声の主が方へと顔を向けた。

 其処に居たのは、金色の輪を丁度人間で言うならば浮き輪をした感じの年老いたチーグルが一匹。



「あ、はい。ローレライ教団が導師イオンと申します」

「エンケーブの食料泥棒は、お前達がやったのか?」



 イオンがそう答えると同時に、ルークがストレートにそう尋ねる。

 年老いたチーグルは、やや暫く沈黙した後小さくうなづいた。



「我等が生き残る為に、必要ゆえ。すまないと思ったが……」

「原因は?」



 腕を組み老成したチーグルを見下ろす形でそう尋ねると、老成したチーグルは一匹の青いチーグルを呼ぶ。



「この子が、ライガクイーンの森を焼いてしまった。ライガは我等を好物とする。

 故に、我等はこの森に来たライガクイーンらの食料を提供する代わりに我等を食さない事を約束した」



 だとさ。と、ルークがやれやれ。と溜め息をつきながらにイオンを見やる。

 イオンは、眉を顰め顎に手を添えて困りましたね。と、呟いた。



「わかりました。ライガクイーンと交渉してみます」

「……頼む。この子を連れて行って欲しい。全ての原因はこの子ゆえ」



 そう言うや否や、老成したチーグルは黄金の輪を外しその青いチーグルに被せ様とするが……

 耳が邪魔となり被せる事が出来ずじまい。結局は足から履く様にして黄金の輪を青いチーグルに渡す事になった。



「ミュウが、ライガクイーンの所まで案内しますの!」



 青いチーグル。ミュウは、元気一杯にそう言う。そんなミュウをつまみ上げルークは、頭の上に乗せた。

 それが、当たり前のポジションだと言わんばかりに。



「んじゃ、行くか」

「は、はい」



 ポンッとイオンの頭を撫でながらにそう言うルークに、イオンは少々照れくさげに返事を返す。

 どうやら、頭を撫でられると言う事に慣れていない様だ。








「見つけましたよ……イオン様」

「見つけたわよ……ルーク」



 其処には、般若が居た。

 正確には、良い感じな笑顔を浮かべる導師守護役と同じく良い感じに笑顔を浮かべる元神託の盾。

 その二人を見て、ルークはあ、やべ。と額にでかい汗を浮かべ。イオンはイオンで、あ、怒られるかな? と、のんきに思う。



「心配しましたよ。イオン様。怪我はありませんか? と、言うか導師守護役にナイトメアかけるってどう言う事ですか?」



 イオンに詰め寄るアニスを他人事の様に見るルークだったが……



「ルーク……貴方自分の立場がわかってるの? 良い? 貴方は今はルークだろうけど。元々……」



 静かに歩み寄ってきてブツブツブツと、念仏の様にルークに説教を始めるティア。

 怖い。非常に怖い。慌てて、悪かった! と、拝む。



「さ、イオン様。この森は危険ですから。急いで出ましょう」

「右に同じくよ。ルーク……」



 結託した女性……一人は少女の二人の言葉に、青年二人は、少々後ろに退いた後お互いに顔を見合わせ。

 一度うなづいた後で……ルークは、イオンを脇に抱き上げその場を逃げる様に走り去る。

 突然の事に唖然とする女性二人だったが、直ぐに青年二人の後を追いかけた。



「ミュウ! 道案内しろ!」

「は、はいですのー!」

「ルーク。僕普通にはしれ」

「こっちの方がはえぇんだよ! ゲッ!? 川!?」



 目の前に現れたのは幅がおおよそ4mぐらいの川。前ならば、ミュウファイア。にて、腐りかけた樹の根元を燃やし

 橋代わりにしたのだが、今は前とは違う。後ろから二人の鬼が……文字通り鬼の様な形相で追いかけてきている。



「イオン! 濡れても文句は言うなよ! ミュウ! しっかりつかまれ!」

「え?」

「はいですのー!」



 川目掛けて走りかけ、川の手前で思いっきり飛び上がるルーク。

 るぉぁー! などと、変な雄たけびが森に響き……無事に向う岸に着地し、川にダイブしなくてよかった。と、安堵の息をつき

 これで、時間稼ぎになるだろう。と、ルークが後ろを振り向く。

 其処には……巨大化したトクナガに乗り難なく川を渡る女性二人。

 うそーん。と、ルークは唖然とするが瞬時に気を取り直し再び走り始めた。



「まちやがれー! 其処の赤毛ぇ!! イオン様をかえせぇえ!!」

「まちなさい!! ルゥウゥウーク!!」



 導師守護役としてイオンに怪我でもさせてしまえばそれだけで首が飛ぶ為、必死になり素が出ているアニス。

 ティアとしては、キムラスカ=ランバルディア第三王位継承者たる存在を己の私怨に巻き込み、偶然とはいえ

 誘拐してしまった罪の意識もあるが、一応国籍がダアト(正確にはユリアシティ)にある己がこれ以上ルークに対して

 怪我や不祥事でも起してしまえば、下手すればキムラスカとダアトの戦争の可能性もある為必死。

 その二人の心情がありありと表情に出ている為、それを見て直感でつかまったら殺される。

 と、走りながらにそう感じたルーク。

 そんなルークとは対照的に、にこにこと笑うイオン。



「あぁ楽しいですね。ルーク」

「楽しくぬぇー!」



 前に立ちはだかる魔物も足蹴にしてルークたちは逃げる。

 前に立ちはだかる魔物を跳ね飛ばしてルークたちを追いかけるティア達。

 結局、ライガクイーンが居る場所までノンストップで走り掛けると言うある意味素晴しい業績(?)を成し遂げた四人だった。










『とりあえず、人間よ。息を整えてはどうだ?』



 ライガクイーンが発した第一声。

 その言葉に、ルークは酷く驚いた表情を浮かべる。

 そりゃ、今頭の上に乗せているミュウは、ソーサラーリングの力で人と同じ言葉を喋っては居るが……

 ライガクイーンが、ソーサラーリング無しで人の言葉を喋っていると言う事が、ルークを驚かせるのに十二分だった様だ。

 驚いたのはルークの他に、アニスとティアの二人。イオンは、以前から知っていた為に驚いた様子はなかった。



『今、我は卵の面倒を見るのに忙しい。何の用事があってこの場にきた?』

「ライガクイーン。どうかこの森から移動してほしい」



 四人の中で一番最初にそう切り出したのは、ルークに抱きかかえられていた為息切れも疲れも無いイオン。



『……我らの森は、火に飲まれた。その償いをするとチーグル達は言うた』

「はい。確かにそうですが……このままですと、人間達が貴女を討伐に来るでしょう。

 ライガと言う存在。そして今の産卵期後のライガの危険性。人間達はそれを恐れます」



 孵化したてのライガの子は、人の肉を好む。正確にはライガ全体だが……

 前にライガクイーンが住まう森ならば人里は慣れていた為、問題にはあまりならなかったが……

 此処はチーグルの森。エンケーブの目と鼻の先。



「僕達は、貴女に何もしません。でも、僕達以外の人間はそうじゃないんです」



 イオンは、悲しげな表情を浮かべながらにそう告げるが、ライガクイーンは口を開かずジッと目の前の四人を見ている。



「貴女と貴女の子に被害が行くのは、アリエッタが悲しみます」

『娘を知っているのか?』



 その言葉に、イオンは更にライガクイーンに近づき、呼吸音が聞こえるぐらいまでの距離に対面する。

 そして、ボソッと何事かを呟くとライガクイーンは、その大きな目を細め小さく鳴いた。



『良い。わかったぞ。娘の宝物よ。今回だけ、我らライガの一族は別の森に移ろう。

 しかし、其処のチーグルの子よ。重々覚えておけ。些細な火種が全てを奪う炎になる事を』



 ルークの頭上にいるミュウを一瞥しそう告げるとライガクイーンは、ゆっくりと立ち上がる。

 ライガクイーンの足元には、温めていた大きな卵。



「おい。そのままじゃ運べないだろう?」



 そう言って歩み寄りながら道具袋から折りたたんだ布を一枚取り出す。

 その布を開けば、丁度その大きな卵を包めるほどの大きさになった。

 ルークはソレを広げ、卵を持ち上げ様と卵にふれ……ライガクイーンを見やる。



「卵を壊すつもりは無いから安心してくれ。壊したら俺の頭やる」



 そう言ってにかっと笑った。

 その後で、ルークは卵に触れて何とか持ち上げる。持ち上げるときに「重っ!?」と漏らしてしまったのは愛嬌。

 何とか卵を広げた布の中心に置くと、卵を布で包み丁度ライガクイーンが口に銜えて運べる様に輪を作り結ぶ。



『赤い人間よ。お前の名前は?』

「あ? 俺? あー……ルークだ」

『我らは、あまり物事を覚える事はしない。だが、お前の名前は覚えておこう』

「あ、あぁ……あ、そうだ。此処から北上して山を越えた場所にキノコばかり生えた森がある。

 人も寄り付かない場所だから其処に行くといいぞ」



 卵を包んだ布を口に銜えたライガクイーンにそう告げると、ライガクイーンは目を細め小さく喉を鳴らせた。

 そして、ライガクイーンからその場から離れようとした時。




「フレイムバースト」




 イオンとルークの後方。アニスとティアがいる場所の更に後方から譜術を放つ存在が一つ。

 その声に聞き覚えのあるルークは、目を見開きやべぇ!? と、瞬時に後ろを振り向くが……

 すでに発動した、術を止める術は無い。

 このままでは、ライガクイーンごと卵が文字通り『焼けて』しまう。




「スプレッド」




 フレイムバーストの炎は、ライガクイーンの頭上から唱えられた真逆の属性を持つ譜術によって未然に防がれた。

 訳がわかんぬぇ! と、心の中で叫びながら頭上を見やる。それはイオンにアニス、ティア。

 そして、フレイムバーストを放った存在もライガクイーンの頭上を見ていた。



「いけませんねぇ……貴方は、少々急ぎすぎる。ねぇ? ジェイド」



 やれやれ。と、溜め息を着く存在は、宙に浮かぶ椅子に座っていた。

 その存在を見て、アニスが一番速くリアクションを起す。



「ディストぉ!?」

「おや? アニスではありませんか。よくよくみれば……」



 椅子に座ったまま、ライガクイーンの横まで移動するディスト。

 そして、今し方気づいたといわんばかりにイオンの方を見やる。



「やれやれ。洟垂れに私の譜術が止められるとは……」

「だぁーれが、洟垂れですか。まったく……それはそれとして、何故グランコクマに居る筈の貴方が此処にいるんです?

 あぁ、導師イオンをマルクト帝国が誘拐したという噂は本当でしたか」



 ライガクイーンの毛を一度撫で、行きなさい。と、ライガクイーンに告げた後でディストは、そう告げた。

 ライガクイーンは、ルーク達をその場に残しさっさと森を去ってゆく。



「誘拐では在りません。任意での同行です。言葉が悪いですね。洟垂れサフィール」

「まぁ、どうでもいいですね。其処に居るのは多分、導師イオンのそっくりさんなんでしょう」



 その言葉に、イオンはおろかアニス、ルークそしてティアは驚いた様な表情を浮かべた。



「有給中なんでね。私はコレで失礼しますよ……あぁ、そうだ導師イオンのそっくりさん」

「は、はい?」

「とあるお方から伝言です」



 懐からスッと一つの封筒を取り出しながらに告げ、



「帰って来たら山ほどの書類整理を押し付ける。ハァート。と言う事らしいですよ」



 はい。どうぞ。と、その手紙をイオンに受け渡し。イオンはその手紙を広げ読む。

 イオンの顔が一気に真っ青になったのは目の幻覚だろうか?



「では、今度こそ失礼しますよ」



 良い旅を。などと告げてディストはその場から去ってゆく。

 ソレを見送る一同。いち早く気を取り直したのは軍人であるジェイド。



「こほん……イオン様。早々にこの森を出ますよ」

「あ、まってください。チーグル達に報告しなければいけないのです」



 チーグル? と、ジェイドはふとルークの頭上にいるミュウを見やり顎に手を添え数秒考え……



「わかりました。但しその報告とやらが終わり次第早急にこの森から出ます。よろしいですね?」

「はい」



 ジェイドの言葉に、イオンは頷いた。

 チーグル達の元へ行く途中、ルークがティアに説教されルークが小さくなったのは言うまでも無い。

 更にアニスのイオンへの説教にイオンは、謝り通しだったのも言うまでも無い事。



「そう言えば、イオン。手紙になんて書いてあったんだ? ディスト……とか、言うの読んでたけど」

「え……えぇっと……無事ダアトに戻り次第。二十四時間体勢で書類整理しろって……」

「………」

「………僕が悪いから反論できないんですけどね?」

「ま、まぁ………ごめん。俺、どう励ませばいいかわからねぇ」

「ありがとう。ルーク」

「お、おぅ……」













 おまけ。

 ディストとライガクイーン



『やれやれ。酷い目に在ったわ』

「私が偶然、あそこにいなければ貴女と卵ごと焼け死んでましたよ?」

『その点については感謝するぞ? 人間……いや、ディストよ』

「………感謝しても何も出ませんよ?」

『我らに損得の計算は無い。感謝するといえば感謝だ』

「はいはい。それより何処かいい場所あるんですか? 貴女の森は焼けてましたし」

『あの赤毛の人間……ルークにこの山を越えた場所にキノコだらけの森があると教えてもらった』

「キノコだらけ? あぁ……キノコロードですか……あそこなら確かに人来ませんから安全ですね」

『一山超えねばならぬのが面倒だがな』



「それにしても……何故、キノコロードを知っていたのでしょうかねぇ?」