大詠師モースは、目の前に存在するなんとも言えないモノを見て、どう反応していいものか悩んでいた。
『良くぞ、我を解放してくれた。我が愛し子よ……』
そう、目の前に居る存在は、第七音素集合体と呼ばれた存在。ローレライ。
詰る所、ローレライ解放。
ルークかアッシュのどちらかが消滅する危険性があったが、結局大爆発を防ぐ手立てを発見する事は出来ず。
外郭大地降下によって、クリフォトに蔓延する瘴気の浄化に至っても、出来上がった浄化装置の大きさやコストにより
大量生産をする事は適わず、数機ほど各国の首都で起動していると言う状態に至る。
短期間で、それだけの事が出来たのは世界一丸となった結果だったが……
結局は、ローレライ頼みになってしまった。
解放したのは、第三王位継承者たるルーク・フォン・ファブレ。
アッシュが、己が解放する。と、立候補したのだが……やや強引にルークがする事になってしまった。
ただ、解放した場所が、元の歴史とは違い第七音素が一番良く存在するアブソーブゲートの奥になってしまった。
まぁ、問題なく解放できたので良しとするのだが……
「久しぶり……なのかな? ローレライ」
ルークは、目の前のローレライに苦笑を浮かべながらにそう声をかける。
その言葉で、モースははっきりとルークが、『何度目』かだと言う事を認識する。
しかし、いまさらそんな事を認識しても意味がなかった。
事情を知るモース以外のメンバーらは、ルークの言葉にやや困惑していたが、
ルークとローレライの会話に横槍を入れる様な事は、しなかった。つまり、後できっちり話してもらおう。
そう言う事だろう。ティアの怪しげに輝く瞳が、そう物語っている。
「ごほん……。あールーク様。私にローレライと少々お話をさせてもらってもよろしいですか?」
ルークとローレライの会話が、ひと段落着いた辺りを見計らってそう声をかけるモース。
そんな問いかけに、ルークは少し驚いた表情をしたが、一度ローレライを見た後、少しその場から下がった。
「初めまして……で、よろしいでしょうか? 第七音素集合体たるローレライ」
『ふむ? 何用か?』
「えぇ、実は、貴殿を解放し貴殿が、音素帯に戻る時に二つほどお願いがございます」
『……普通ならば、契約者以外の言葉は聴かぬのだが……お前は、どうやら、我が愛し子の為に色々と奔走してくれたな』
よかろう。話してみよ。と、ローレライはその場に漂いながらに言う。
ローレライの言葉に、ルークがモースを少々驚いた様な表情を浮かべて見る。
それは、他のメンバーも一部を除いて同様だった。
「現在、この世界に蔓延している瘴気を浄化してほしいのと……
ルーク様とそのオリジナルたるアッシュの大爆発をどうにか防いでほしいのです」
そう、この二つは大きな問題だ。
このまま瘴気に包まれた世界は、結局は人に害を成し滅びに進ませるかもしれない。
何せ、無尽蔵に存在しているのだから。
次に、大爆発に至っては……言わずもがな、ルークをルークとしてアッシュをアッシュとして存在させる為だ。
そんなモースの言葉にローレライはただ、黙ってその場を漂っていた。
無言の時間がすぎる。その時間の経過にやはり無理なのか? と、モースの心の中で焦る。
『……瘴気は、元々我の一部だ。良かろう。すべて持って行こうぞ……』
その言葉に、ホッと安堵するモースだったが……
『しかし、大爆発については……条件が付くが出来る』
「条件?」
条件付とはいえ、大爆発が防げるのなら……と、モースは再び安堵の息をつく。
そして、尋ねた。その条件とは? と。
『人間の音素だ。我と子らは、同じ。ならばそれに混ぜればいい。
しかし、混ぜるのに草や動物の音素はダメだ。下手をすれば子らの崩壊を招く……
故に、人間の音素が必要だ……苦々しい話だが、愛しい子らの為に贄を出せ……』
その条件に、ルークとアッシュはあらん限りに目を見開いた。
無論、他のメンバーたちも動揺する。
人一人の為に、一人の贄を捧げなければならない。
生き残る為に、結果的にナニカを殺さなければいけない。
「なるほど。ならば話は早い」
モースは、何処か落ち着いた様子でそう告げた。
え? と、ルークはモースを見る。
ルークとしては、今の話を聞いてやっぱり大爆発は防げない。しょうがないよな。と、諦めていた。
アッシュにしても、誰かを生贄にして助かる。そんな事は、性格からもその身に流れる王族としての血からも拒絶の考えを示した。
二人とも『諦めていた』のに、モースは『話は早い』と言う。
「私を生贄としましょう」
一瞬の静寂の後、最初に反応を示したのはアッシュ。
ふざけるなっ! と、大声を張り上げた瞬間。モースに張り倒される。
張り倒したアッシュの背を踏みつける形でその場に立つモース。
てめぇ……と、アッシュは、苛立ちを多いに含んだ呻きを挙げが、それを無視しローレライを見やる。
『……良いのか?』
「えぇ。結果的に言うなれば、私は……異邦人ですからね。
一度『死んで』いるんですよ。もう一度死ぬ。それぐらいどうって事ない」
その雰囲気に誰も口を挟めない。
ルークでさえ、足元のアッシュでさえ……黙ってしまった。
ただ、モースと縁の深い者達は、その表情にうろたえだけが浮かぶ。
『もう一度尋ねる……本当に、良いのか?』
「いいです。もう三度目は尋ねないでください」
これ以上尋ねられたら、決心が鈍る。そう言わんばかりに告げるモース。
モースに踏まれているアッシュは、大声を張り上げ様として気づいた。
モースの身体が震えている事に……張り上げ様とした大声は、下唇をかみ締める事で出せなかった。
「あぁ、その前に、遺言とかしてもいいですかね?」
『……時間は有り余る程にある……よかろう』
やっと、モースはアッシュから足をどける。
どけた瞬間、アッシュは立ち上がりモースの胸倉を掴み殺すとばかりに睨みつけた。
しかし、その睨みにモースが怯む事はなく。逆にモースの顔を見てアッシュは、くそっ。と、言い捨てて胸倉から手を離す。
そんなアッシュの肩を軽く一度叩き……
「アッシュ君。私の勝ち逃げになるがすまないね」
そう告げて、メンバーが居る方へ歩いてゆく。
「導師イオン。すみませんが、後をよろしくお願いします」
「…………駄目ですよ。貴方が居ないと……ダアトはどうするんです?」
「なぁに……私より仕事が出来る人物は居ますよ。トリトハイムに他詠師がいます」
「…………ずるいですよ?」
「………ごめんな。イオン君」
「シンク君。イオン君達と共に頼むよ」
「……馬鹿。知らないよ」
「ははは。そうだ。全て終わったなら旅でもしたらどうです?」
「なんでさ?」
「色々見て回るのは楽しいですよ」
「……わかったよ。止めても無駄なんだろ?」
「はい。もう決めました」
「アクセル君。全てを見届けてくれ」
「わかってる。僕はそう決めてる……」
「そうか」
「フローリア」
「駄目だよ! モース駄目!」
「……いきなり顔面頭突きは酷いな」
「ごめんなさい! でも駄目!」
「ごめんな」
「モースの馬鹿!」
「アリエッタ。みんなを頼みます」
「……また、居なくなるですか」
「……イオン君達をお願いしますよ?」
「……まかされた……です」
「導師守護役アニス・タトリン」
「は、はい!」
「これからも君が、導師を御守りして欲しい」
「はい!」
「そうそう。君のご両親の事だけどね……私からちゃんと就職口を探して勤めさせてるからね」
「はい!
「第七師団長ティア・グランツ」
「え? あ、はい!」
「第七は、治癒・治療のエキスパートの師団だ。この旅で君は様々な術を覚えた。成長した……」
「……はい」
「がんばってくれ」
「ジェイド・カーティス大佐」
「なんでしょうか?」
「この後の世界を頼みます」
「えぇ……貴方に言われなくとも」
「ディスト君」
「なんです。自己犠牲の強いモース」
「ははは。自己犠牲ですか。まぁ言いえて妙です」
「馬鹿ですね。本当貴方は」
「それが、私です。長い事付き合った君ならわかるでしょう?」
「嫌と言うほどね……レプリカ関連の事に関してなら後始末きっちりしておきます」
「頼んだ……あ、そういえば、ライガクイーンと結婚まだですか?」
「しません! できません! ムキャー!」
「……ヴァン・グランツ」
「なんだ……」
「結局。スコアなんてこんなものなんですよ」
「ふん……貴様のせいで私の計画は全て台無しだ」
「でしょう? なにせ、私は君の計画も全て知っていましたからね」
「………まぁ、感謝しておく……癪だがな」
「……ルーク・フォン・ファブレ様」
「………お、おう」
「貴方は、きっとより良い世界を目指して活動していたのでしょう?」
「あぁ……でも、俺はなんもしなかったに等しいぜ?」
「それでも、今の世界は、前よりも良いでしょう?」
「……まあな……」
「それでいいんです。私も此処まで来た甲斐がありました……」
「なぁ、本当に俺らの為に……」
「君達の為……では、ないです。結局は私の自己満足の為なのです。
この世界を含め、外郭大地の降下もヴァン君の計画阻止も、両国の和平促進も
実は言うとね、私は君が『来た道』を知っているんです。だから、嫌だったんですよ。
君とアッシュ君のあの未来が……だから、それを壊すのが私のやりたかった事なんですよ」
「お前……モースじゃないのか?」
「今は、モースです。あ、でも……ルーク様、覚えておいてもらえます?」
「へ?」
「私の本当の名前は……」
その日、世界を覆っていた瘴気は、天に昇る一条の光と共に消えた。
世界は、救われ。誰もが、ルークたちを英雄と称え誉めた。
得たモノは多く、失われたモノは少なかった。
結果的に、この物語においては、本来の物語において起こった戦争も
ヴァンの計画もなく……レプリカ達も生み出されないままに、全てが終わった。
消滅預言は、その機能を果たさなくなった。
でも、結局は、この先の未来を決めるのは、人間で……
預言の様な『終わり』を迎えてしまうのかも人間次第。
かくして、物語は終わりをなんて事のない幸せな終わり方をもたらし終演したのだった。
「ん? お? ここは……」
「先生! 患者が、目を覚ましました!!」