「こんにちわ。はじめまして。僕の弟達」



 ベットに横たわったまま上半身のみを起こしたまま、イオンは自分の傍に立つ四人の少年を見る。



「君達には、謝罪してもしたりないって事は僕がよくわかってる。

 でも、君達には……後の事を頼みたいんだ。自分勝手だってわかってる。

 僕を恨んで憎悪してくれてもいい。だけど、頼みたい。

 僕が、死んでしまった後の事を……そして、アリエッタの事を……」



 四人の少年は、イオンの言葉になんら反応を示さないが、その瞳には確かな輝きが宿っている。



「捨ててくれても構わない。だから、君達に僕が居たと言う証を持って欲しい」



 そう言ってイオンは、ベットに備え付けられた棚から仮面と耳飾、一冊の本を取り出す。



「君には仮面を」



 差し出された仮面を受け取り、徐にそれを装着する少年。



「君には耳飾を」



 差し出された耳飾を受け取り、ギュッと握り締める少年。



「君にはこの本を」



 差し出された本を受け取り、受け取った本を眺める少年。



「そして、君には」



 と、イオンは首に掛けてあった首飾りを外し最後の少年に渡す。

 それを受け取った最後の少年は、その首飾りをゆっくりとした動作で装着する。

 イオンは、満足したのかにっこりと微笑む。



「最後に、君達の名前を教えてくれないかな? あの狐目。教えてくれなくてさ」



 苦笑しながらにそう言うイオンに、最初に答えたのは仮面を装着した少年。



「シンク……僕は、君を認めないし恨む」



 次に耳飾を受け取った少年が口を開く。



「フローリアン。僕は、一生懸命生きる。何が出来るのかはわからないけど」



 次に本を受け取った少年が口を開く。



「アクセル。僕は、全てを見届ける」



 そして、最後の首飾りを受け取った少年が口を開く。



「イオン。貴方じゃない貴方。貴方の代わり。でも僕は僕だと思う」



 四人の名前を聞き、四人の言葉を聴き、イオンは笑顔を浮かべた後で四人に頭を下げた。



「アリエッタを頼みます。そして、君達に……良き未来を」










「特務師団長」



 モースは、徐に口を開き目の前の人物の役職を告げる。

 目の前の人物。それは、燃える様な紅の髪を持つ青年。



「いや、ルーク・フォン・ファブレ」



 モースに呼ばれた名前に、一瞬驚いた後で『ルーク』はギロリとモースを睨む。

 どうやら、その名前で呼ばれる事を好しとしないらしい。



「………アッシュだ」
「……では、アッシュ。君は恨んでいるかね?」



 誰をとは言わないのは、意図的。



「あぁ。あの屑は俺の全てを奪った。だから恨むのは当然だろう?」



 ギロリと鋭い眼光を宿しモースを睨みつける『ルーク』いやアッシュ。



「さて、それは……真実かな?」

「何だと!?」



 モースの言葉に、腰に差した剣の柄に手を沿え剣呑な雰囲気を出すアッシュ。

 しかし、そんなアッシュに脅えも怯みを見せずにモースは口に開く。



「君を此処に連れてきたのは誰だ? 君に人体実験の令を出したのは誰だ?

 そして、君は知ってるかね? 君に読まれていた予言の内容全てを」



 ま、人体実験に関しては、私が慌てて却下したので簡素で終わったが……あの腐れ博士共と髭め。

 と、心の中で思いつつも口には一切しない。



「…………」

「納得してないようだね? ストレートに言おうか?」



 無言を貫くアッシュに、内心ため息をつく。



「君が、レプリカを恨むのは畑違いだ。此処に連れて来たのはヴァン。今の君が居るのもヴァンが原因。

 全てを奪われた? 馬鹿かね? よく考えてみたまえ……生み出されたレプリカは、何も知らない赤ん坊だ。

 その赤ん坊が、君の代わりにファブレ家にポンッと渡す。

 容姿は君そのものだろう? レプリカなんだから……そんな事周囲がわかる訳ない。

 赤ん坊に、君が今までしていた事を求める大人たちはなんだろうかね?

 君が、被害者で、レプリカが、加害者? 違う。

 君もレプリカも被害者なんだよ。加害者は……いうなればスコア」



 其処まで言い何が違う所でもあったかね? と、アッシュを見やる。

 アッシュは、ギリッと歯をかみ締め憤怒に近い表情でモースを睨みつけている。

 駄目だ。コイツ。と、心の中でため息。



「……まだ、納得できないかね? それともいきなりの事で混乱してるかね?

 よし、よかろう……私と試合をしよう」



 は? と、モースの突拍子も無い言葉にアッシュの表情は、一瞬にして呆けた顔になるが……

 すぐさま怒りの表情を浮かべふざけるな! と、叫んだ。



「賭け試合だ。君が私に勝てば君は今までの君で居るといい。もし私が君に勝てば……今までの事を深く考えてくれ」



 そういいながらモースは、ガタリと椅子から立ち上がると近くに備え付けてあった棚から、一つの仮面を取り出す。

 その仮面は、俗に言うピエロの顔。其れをモースは懐に居れ部屋を後にする。



「訓練所で待ってるよ。ルーク・フォン・ファブレ」



 モースが、部屋を出て扉が閉まった瞬間。アッシュは、目の前の机を思いっきり蹴る。

 机は、鈍くも派手な音を立ててもはや机の役割を果たさない机だったモノになってしまったのだった。







 訓練所。

 其処に、モースとアッシュが対峙する様に向かい合っていた。



「よく来てくれた。賭けの成立だ」

「はん! 豚みてぇなテメェが俺に勝てるかよ!」



 アッシュの言葉は、確かにその通りだ。

 剣士として今までを過ごしてきたアッシュに対し、モースはただの贅肉の塊。戦う者ではない。



「さて、それはどうかな?」



 モースは、そう告げた後でバサリと着ていた服を脱ぎ捨てピエロの仮面を装着する。

 服を脱ぎ捨てたその姿に、アッシュは馬鹿にした様な笑みを浮かべた。

 でっぷりと肥えた腹。筋肉とは言い難い腕や足。



「今から私は、モースではない。ムーソだ」



 モース……いや、ムーソはアッシュにそう告げた後で、両の手で拍手を打ち両腕に力を込める。

 そして、そのまま両足の屈伸運動をしはじめる。

 行き成りそんな事をし始めたムーソに、アッシュは眉を顰めたがそれはすぐに驚愕に変わる。

 肥えていた腹が引っ込み、見事に割れた腹筋。丸太の用に太く硬くなる腕と足。

 パンプ・アップ。ムーソが行ったのはソレ。


  「さて……はじめようか!」



 ドンッという力強い踏み込みと共にムーソは、アッシュに襲い掛かった。

 唐突な試合の開始だったが、アッシュは小さく舌打ちをすると腰の剣を抜き躊躇無く

 突撃してくるムーソに対して、鋭い突きを放つ。

 しかし、その突きは宙を貫くのみ。



「ドスコォイ!!!」



 宙を貫いた突きの更に下から気迫の篭った声と共に、アッシュに襲い掛かる巨大な掌。

 アッシュの顎を狙ったその攻撃は、アッシュが瞬時に首を後ろに逸らす事で回避される。

 しかし、アッシュの眼前を通った巨大な腕はそのまま斧の様に振り下ろされた。

 それをバックステップで回避するアッシュ。

 なんとか体勢を整え、剣を正眼に構えムーソを見据える。

 振り下ろされた腕は、石で作られた床の一部を破壊していた。

 アッシュは、ムーソの体型や筋肉量を見て速い動きは出来まい……先程のは油断していただけだ。と心の中で思う。



「こんなデカサでコレだけの筋肉があれば、動きが遅いとでも思ったかね?」



 ムーソの言葉に、小さくチッと舌打ちし今度は此方から行くぞ!

 と、アッシュは床を蹴りムーソに向かって走りかけ……ムーソの手前で力強く床を蹴り飛び上がる。



「崩襲脚!!」

「ぬぅううん!!」



 襲い来る脚を迎え撃つのは頭。



「フン!!」



 そのまま、頭を振り下ろしアッシュをそのまま吹き飛ばす。

 こいつ、本当に人間か? と、空中で体勢を整え着地しながらに思う。



「魔人拳!」



 拳から打ち放たれた地を這う衝撃波。

 それと共にすぐに駆けるアッシュ。



「甘いわ!」



 衝撃波に向け腕を振り下ろし打ち消す。しかし、すぐ其処にアッシュが迫る。



「穿衝破!!!」



 鋭い突きがムーソを貫かんと襲うが……自分を狙ったソレを振り下ろした腕で叩き上げる。

 単純な力。技術なぞない。ただそれだけの力。



「ドス!!」



 叩き上げられた剣をしっかりと握っていた手は痺れ、そのまま振り下ろす事は出来ない。



「コイ!!」



 腹目掛けて叩きつけられる掌。身を守る鎧は刃を防げても単純な暴力=叩き付けるを防げない。

 ムーソの体重全てが乗った一撃は、アッシュを吹き飛ばす。

 吹き飛ばされたアッシュは、床に叩き付けられ数メートル床を滑り止った。

 数十秒後、ヨロヨロと剣を杖代わりに立ち上がるアッシュ。

 しかし、ムーソの一撃は内部に酷く響いた用でアッシュは、吐き気を覚え口に手を当てる。

 そんなアッシュを余所にムーソは、ゆっくりとだがアッシュに向かい歩み寄る。

 くそったれ。と、ムーソを睨むが内部に受けたダメージは重く体が、言う事を聞かない。

「これで、私の勝ちだ」



 躊躇無く容赦なく打ち放たれた拳は、アッシュの右頬を強打しあまりの威力にアッシュは剣を手放し横に吹き飛び。

 そして、意識を手放しのだった。


「………ふぅ………危うく死ぬ所だった。危ない危ない。本当危ない」



 鎧も何も防具を一切装備してない故の言葉を吐き仮面を外し脱ぎ捨てた服を拾いに行き着た後で

 いまだ、倒れたままのアッシュをそのまま放置し訓練場を後にするモースだった。

 まだまだ、する事がある。

 モースは、そう決意するのだった。

 なお、アッシュが目を覚ましたのはあの試合から三時間後で、

 目を覚まして最初の一言は、「あの肉達磨め!」だったとか……













 おまけ。

 アリエッタのお姉さん日記。



「シンク……アリエッタ。シンクのおねーさん」

「………だから?」

「……おねーさん。だよ?」

「…………」

「……呼んでくれない? の?」

「……呼ばない」

「……アリエッタ。シンクのおねーざんなのに……」

「ちょっと!? なんで泣くのさ!?」

「あーあー、シンクがアリエッタお姉さん泣かしたよ。フローリアン」

「あーあー、シンクがアリエッタおねーちゃん泣かしたよ。イオン」

「あーあー、シンクがアリエッタお姉さんを泣かしましたね。アクセル」

「アクセル!? フローリアン!? イオン?!」

「えぐえぐ……」

「わ、わかったよ! 呼べばいいんだろ!?」



「…………お姉さん」

「………」

「ちょっと!? 抱きつかないでよ! アクセル! フローリアン! イオン!」

「あ、モースの所行かないと」

「そうそう、モースの所いかないと」

「そうですね。モースの所へ行きましょう」




 今日は、シンクにお姉さんとよんでもらえました。