導師イオンが、亡くなった。
原因として言うなれば、フォミクリーによる負荷。
元々、病弱になってしまったその体にフォミクリーの負荷はとどめとなった様だ。
イオンが、シンクらと対面してその数日後……何処か穏やかな表情で眠る様に天に昇ってしまった。
亡骸は、ダアト周辺の誰も来ない森の中に手厚く葬り。
私、アリエッタ、シンク、フローリアン、アクセル、イオンの六名で、黙祷を捧げる密葬。
ダアトの森の中に、名前の無い石碑を見つけたら、何か花を供えて欲しい。
誰に言う訳でもなく、そう心の中で思うのみだった。
神託の盾騎士団第二師団長であるディストは、目の前の人物に対して怪訝な表情を浮かべていた。
「なんだね? 私が、君を呼ぶ事に不可解な事でもあるのかね? 薔薇のディスト?」
「わーたしの仕事は、終わってるはずですが? コレでも研究に私は忙しいのですよ?」
「研究? 何の為に? 答えはもうわかってるはずじゃないのかね?」
その物言いに、ディストは眉を顰め本当に何しに来たんだこの人は……と、少々苛立つ。
「君の研究。ネビリムを完全に復活させる為だ。しかし、君は見ただろう?」
見ただろう。と、言う言葉にあえて誰をとも何をとも言わない。
「レプリカは、違うと……容姿こそそっくりだ。刷り込みをすればその人物が備えていた知識を持てる。
しかしだ……記憶は? 感情は? 性格は? 違うだろう? 此処まで言えばわかるだろう?
薔薇のディスト。いや、サフィール・ワイヨン・ネイス」
「…………確かに、違いますね」
だろう? と、目の前の人物は笑う。嘲笑でもないただの笑み。
「そんな君に、頼みたい事がある」
「なんです?」
「それは――――」
ディストは、苛立ちを隠す事無く己の研究所にて何時もの椅子に座り沈黙していた。
その苛立ちの原因は、先程己を呼んだ人物。正確にはその人物の発言。
わかっていた。いや、わかった。それは、イオンのレプリカを生み出した時?
それとも、アッシュのレプリカを生み出した時? いや、違う。
もっともっと前だ。己の恩師であるネビリムの最初のレプリカが作り出された時だ。
情報? 情報があっても、意味は無い。いや、意味はあるが無い。
ネビリムの完全な情報があったとしても、それをレプリカに刷り込んだとしても……
ネビリムはネビリムじゃないのだ……
ダンッと、強く己の目の前にある作業机を叩く。叩いた手が痛い。
今までの自分を否定された気分だ。今までの努力を否定された気分だ。
今ならば、己の親友が何故諦めたのかがわかる。
クソッタレ。何時か復讐してやる。あの狐目。
と、心の中でそう呟いた後で、ため息を一つ。
「さて、いつまでも自分の不甲斐無さに苛立っていてはいけませんねぇ……本当」
そう呟いた言葉は、研究所に小さく響いて消えた。
大詠師モースは、気分が良いのかその姿に似合わないハミングなぞしながら廊下を歩いていた。
何気にそのハミングが、大譜歌だったりするのは秘密だ。
なぜ、モースがこんなに気分が良いのかといえば、あのディストにとある頼み事を無事に済ませたからである。
今日は、良い日だ! 書類整理なんて忘れてしまいたい! と、そんな大詠師らしからぬ事を思いながらに歩く。
生まれて二十年。こんなに良い日は無い! と、そんな事まで思ってしまう。
なお、生まれて二十年とはモースに憑依した中の人の年齢である。
あまりに気分が良くなり、廊下ですれ違う人々に上機嫌に挨拶までしてしまう。
上機嫌なあまり力士体型で歩き始めるのは、如何なものかと思うが……本人は気にしていないので良いのだろう多分。
上機嫌なままでモースは、次の目的地まで歩いてゆく。
次の目的地とは、この物語において重要な人物の所だ。
近々行う導師守護役の変更や内部の大規模な人員移動において重要な人物。
それは……
「こんにちわ。アニス・タトリン」
そう、元々の物語においてモースのスパイであり、家族思いな少女アニス・タトリンの元だった。
モースが、アニスに対して何を思案しているかは別として、唐突に現れた大詠師にアニスは、
非常に驚いた表情を浮かべた後で慌てて、頭を下げる。
そんな姿に、モースは気軽にして良いと告げると、ビクビクしながらアニスは頭を上げ改めてモースを見る。
「さて、アニス・タトリン。君に良い話がある」
それは、アニスにとって良い話なのかモースにとって良い話なのかはわからない。
なにせ、まだ何も内容を話していないのだから。
「君の両親は、莫大な借金を抱えていると聞く。
そしてその借金を幼い君が、その年齢で神託の盾となり必死に返済しているとも聞く」
その言葉に、ビクリと体を小さく振るわせるアニス。
「その莫大な借金を私が肩代わりしよう」
え? と、モースの言葉に唖然とした表情を浮かべるアニス。
そりゃそうだ。行き成り現れて「君の親の借金を肩代わりする」なんて言われたら唖然とするだろう?
それが、同じローレライ教団所属の大詠師が、全く繋がりの無いモノに対して言うなら、唖然もする。
「但し、代わりに君にやってもらいたい事がある。何……死ねとか、私の奴隷になれとかそう言うのじゃない。
君にとって、君の両親にとっても名誉な……導師守護役だ」
導師守護役の単語に、ビシリとアニスは体を硬直させる。
そんな重要な役目を何故? 借金肩代わりにその役目に着かせるのは、おかしくない?
と、幼いながらにもアニスは、混乱した頭の中でそう考える。
「まぁ……導師守護役になるにあたって、非常に辛く厳しい訓練を受ける事になる……
コレを断っても、私は借金の肩代わりをしようと考えている……さて、どうする? アニス・タトリン」
しばらくの静寂と沈黙。
その後で、やっとの思いでアニスは、口を開き……
「――――」
行き成りだが、宙を成人男性が舞う。
舞う原因は、単に殴り飛ばされた為だ。
ソレを見ていた成人女性が、短い悲鳴を上げた。
宙を舞った男性が、床に叩き付けられた後で、男性を殴り飛ばした存在が、大声を張り上げた。
「この駄目父親が!!!」
殴り飛ばした存在の地鳴りにも似た大声に、更に女性が短い悲鳴をあげ首を竦め体を震わす。
「何故! 殴り飛ばされたかわかるか! オリバー・タトリン!」
殴り飛ばされ未だ床に倒れたままの男性オリバー・タトリンに、威圧にも似た足取りで歩み寄る。
「だ、大詠師……様。な、何故」
「何故? それもわからんのか! お前は、情けなくないのか!?
お前が、こさえた借金をお前の愛娘が必死に返済していると言う事を!
そんな愛娘の努力を知らぬ様にまた、騙され金を搾取される己を!」
ぬん! と、顔を上げたオリバーに容赦ないヘッドバットを喰らわせるモース。
その一撃に、オリバーは完全に意識を手放した。
「人が良いのは、大変良い事だ。しかし! それが己の家族を苦しめる事に繋がるのなら良い事である訳が無い!」
そう言い放つと、モースは今までの出来事を見ていた女性パメラ・タトリンへと歩み寄る。
「人を疑えとは言わん……だが! 他人を何も知らぬまま完全に信じるのは愚かだ!
予言に読まれているから? 予言なぞただの道しるべだ! ドアホウが!」
一人ヒートアップするモース。完全に涙目もパメラ。
モースの説教は、時間にして二時間と四十七分と二十七秒にわたり続いた。
もちろん、その時間内になんとか意識を復活させたオリバーは、なぜか正座してモースの説教を聴いている
パメラの隣に、強制的に正座され説教を聴かされたのは言うまでも無い。
おまけ
ディストのお父さん日記。
「………ディスト」
「おーや……珍しいですね。アリエッタがこの私に何か用事ですか?」
「………ディスト。は、シンク達を、生んだです。よ?」
「まぁ、確かにあながち生んだと言う事に間違いは無いですが……」
「……じゃぁ、ディスト。は、シンク達の、おとーさん?」
「………はい?」
「イオン。さま。は、シンク達のおにーさん。アリエッタ、シンク達のおねーさん」
「………えぇーと。それが、何故お父さん?」
「アリエッタのおかーさん。が、シンク達のおかーさん」
「………私の話聞いてますか? アリエッタ」
「だから、シンク達を生んだ、ディストは、おとーさん」
「違います。違いますよ。絶対違います」
「違う?」
「私が、生み出したのですから……どちらかと言えば、私はおかー……違う違う違う」
「おかーさんは、アリエッタ、の、おかーさん」
「……私は、ライガクイーンと結婚しないといけないのですか?」
「? おかーさん、やさし、いよ?」
「……誰か、アリエッタに説明してあげてください。本当に」
後日、シンクとアクセルとフローリアンとイオンに
「お父さん」と呼ばれました……私は、まだ結婚していません!
まぁ……悪い気はしないですが……
アリエッタ。今度おかーさん紹介する。ってなんですか……
ネビリム先生。助けてください。