導師イオンが、没する前。
シンク達と対面する前の話。
相変わらずベットに横たわるイオンの隣に、椅子に腰掛けているアリエッタ。
アリエッタにその椅子は、大きいのかアリエッタの足は浮いていた。
二人は、何を話す訳でもなく其処に居るだけ。
気まずい雰囲気は無くどちらかと言えばのんびりとした雰囲気が、部屋に広がっていた。
別段、二人が此処に居る事に誰も咎めたりはしない。
それは、導師と導師守護役と言う真柄もあるが、イオンがアリエッタをどう思っているのかは
他の導師守護役の中では、周知されている事だからだ。
まぁ、アリエッタもイオンが抱く思いと同じものを抱いており、導師守護役内でからかわれたりしているのだが……
それは、完全な余談である。
「アリエッタ」
不意に、イオンが口を開き己の横で椅子に座るアリエッタの名前を呼ぶ。
名前を呼ばれ、なんですか? と、小さく首を傾げる。
「……僕は」
その先の言葉が続かない。その先の言葉を言えば、アリエッタが悲しむ事が安易にわかるから。
相変わらずキョトンとして首を小さく傾げたままで居るその姿を見て、イオンは何とか笑顔を浮かべ
なんでもありません。と、そう告げる。
伝えないといけない。でも伝えてはいけない。そんな矛盾した考えがグルグルと頭の中で回る。
あの狐目のせいだ。と、今こう矛盾した考えに頭を占領されているのをモースのせいにし、なんとか頭の中から
矛盾した考えを静め……今度、モースに大量の書類整理を押し付ける事を決定する。
ふと、アリエッタの方を見やればいつの間にか、アリエッタは自分の数センチ前まで近づいていた。
「!?」
驚きを隠せず何とか声は出さなかったものの……目を有らん限りに見開いてしまう。
そんなイオンを余所にアリエッタは、何処か心配げな表情を浮かべイオンの頬に手を伸ばす。
「イオン。さま。辛い、ですか?」
その言葉に、イオンはドキッと胸が一度大きく鼓動した気がした。
「無理は、ダメで、すよ?」
無理なんてしてない。そう、言いたかった。でも、言えなかった。
言ってしまえば楽になれるのに、でもそれは出来ない。
言ってしまったらアリエッタが、悲しむのは必然。アリエッタが、悲しむのは嫌だ。
「……イオン。さま?」
あぁ、そんな顔をしないでください。
「……ねぇ。アリエッタ」
「……はい?」
「僕の……お話聞いてくれます?」
あの狐目。本当に覚えてろよ。
六神将妖獣のアリエッタは、とある森に来ていた。其処は、ダアトの森ではなく。
エンケーブに近く、チーグルの森より北側にある森だ。
其処は、アリエッタの育ての親が居る場所。
「おかーさん。久、ぶりで、す」
そう言ってアリエッタは、目の前に鎮座する巨大な獣を見上げる。
その獣は、ライガ達の母親。ゆえに、畏怖を込めライガクイーンと呼ばれる。
ライガクイーンは、低い唸りの声をあげアリヘッタの返事の言葉をかけた。
「イオン、さまが、眠っちゃう、前、以来、です。
アリエッタ。おねーさん、になった、です。イオン。さま。のおとーと。
のおねーさん。です」
何時ものたどたどしい口調で、ライガクイーンに今までの出来事を伝えてゆく。
それを聞きながら、ライガクイーンは、アリエッタの襟元をやさしく口に銜え己の腹の場所に、座らせる。
「アクセルは、本をよんで、アリエッタより、物知りになったです。
フローリアンは、ディスト。と、よく遊んでます。ちょっと、寂しいです」
アリエッタの頬をライガクイーンの鼻が優しく突っつく。
「シンクは、この前、アリエッタ、おねーさん。って呼んでくれたです。
イオン様は……イオン様の、おとーとの、イオン様は、モース様と一緒に仕事してる、です」
ライガクイーンは、アリエッタの話を聞き一区切りついた所で、小さく鳴き一度アリエッタの頬を舐めた。
「大丈夫。です。アリエッタ。おねーさん。がんばります」
えっへん。と、小さな胸を張りながらにそう言うと、ライガクイーンは、笑い声に似た鳴き声をだす。
それは、どうやら本当に笑い声だったらしく、アリエッタは、頬を膨らませてライガクイーンを恨めしげに見やる。
それが、さらに笑い声染みた鳴き声を出す原因になるのだが、アリエッタにはわからない様だった。
「僕は、もうすぐ死んでしまうんですよ。アリエッタ」
苦虫を潰した様な表情のまま、無理やりに笑みを浮かべそれは、酷く痛い表情に見えた。
その言葉に、一瞬何を言われたのかわからない。と、アリエッタは、ジッとイオンの瞳を見つめる。
そして、しばらくの無言の時間が過ぎた後、アリエッタは段々とイオンの言葉を把握し始めると同時に
その表情は、悲しみに染まってゆく。
「……うそ。です。イオン様。しなないです」
嘘であって欲しい。冗談だよ。と、言って欲しい。そんな、願いを心の中で強く思い
ポロポロと涙を流しながら、イオンに詰め寄るアリエッタ。
「ごめんね」
そんなアリエッタを抱きしめもう一度「ごめんね」と、呟く様に言うイオン。
あぁ、本当なんだ。と、アリエッタはとうとう大声を上げて泣き出してしまった。
こんなのを見たくないから、言いたくなかったのに。全部狐目のせいだ……と、アリエッタを抱きしめながら
ピンク色のやわらかい髪を手で梳きながらに思う。
しばらくの間、部屋の中はアリエッタの泣き声だけが響き渡る。
その泣き声が小さくなった頃には、イオンの服はアリエッタの涙でぐしゃぐしゃに濡れ服は
ベッタリとイオンの肌に引っ付いている。
「イ゛オ゛ン゛ざま゛」
涙を流したせいでアリエッタの瞳は、赤くなりその綺麗な顔は涙や鼻水でぐしゃぐしゃ。
そんなアリエッタを見て、イオンは、ふと笑顔を浮かべアリエッタの顔を近くに置いてあったタオルで拭いてやる。
「ごめんね。アリエッタ……本当は、言わないで置こうと思ったんだよ。
でもね、やっぱり言わなくちゃいけないって思ったんだ」
アリエッタの両頬にやさしく手を沿え、アリエッタの瞳を見やりながらにそう言う。
「アリエッタには、僕を覚えていて欲しい。そして、生み出される僕じゃない僕を頼みたいんだ」
「イオン……さまじゃない……イオンさま?」
まだ、涙声ながらもアリエッタは、イオンの言葉に対してそう尋ねる。
「レプリカ……いや、僕の弟かな……アリエッタには、弟の世話を頼みたいんだ。
きっと、僕は見れないからね。アリエッタには、迷惑をかけっぱなしだね」
イオンの言葉に、迷惑じゃない。イオン様は、迷惑なんてかけてない。と、言う意味で首を力強く横に振る。
「ねぇ。アリエッタ」
はい。と、答える前にアリエッタの唇は、イオンの唇で塞がれた。
数秒後に、唇は放されイオンは、言葉を紡ぐ。
「僕の事、忘れないでくださいね?」
その言葉に、今度こそアリエッタは「はい」と答え頷くのだった。
おまけ。
モースの逃亡日記もしくはディストの溜め息。
「ふぅ……なんとか逃げ切れたか……?」
「見つけたぞ! この肉達磨!」
「ぬぉ!? 上から降ってくるとは?! しつこいぞ! アッシュ君!」
「俺と勝負しろーテメェー!」
「だが、断る!!!」
「それを断る!!」
「なにぃい!?」
「まてや!! ゴラァ!!!」
「……違う、この理論では完全同位体間での大爆発に対する……」
「ディスト! 匿ってくれたまえさねさ!」
「!? 行き成りなんですか! さねさって何語ですか!?」
「じゃ! 頼んだ!」
「何をです!? 何故窓をあけるんですか!?」
「とう!」
「此処か!!!」
「何なんですか!! 貴方達は!!!」
「ディスト! あの肉達磨は何処に行った!」
「……窓から飛び出ていきましたよ」
「逃がさんぞ!!」
「……一応此処、四階なんですがねぇ……と、言うか私の周りには人の話を聞かないのが多いのは何故ですか?」
「ハロー。ディスト」
「……はぁ」
「行き成り溜め息ってアニスちゃん。タイミングマズかった?」
「いいえ。別に今息抜きをしようと思ってた所ですよ。あぁ、トクナガでしたら私が丹精真心込めて改造しておきました」
「丹精真心ってキャラじゃないよね。ディストって」
「煩いですよ。なんだったら、トクナガに自爆機能でもつけてあげましょうか?」
「それは、いやだなぁ〜」
「ほんとにしつこいよ! アッシュ君!!」
「だったら勝負しろー!!」
「……元気ですねぇあの二人」
「でも、結構問題ありますよね。大詠師モース様を追いかける師団長って」
「まぁ……いいんじゃないですか?」
「ですね〜」
「さて、ティータイムにしましょう」
「あ、クッキー焼いてきたよ〜」
「いただきましょう」