ゴトゴトとゆれる馬車。
その馬車の中には、ルークとティアの二人。
何を話す訳でもなくただただ静かな空間が、馬車の中に広がっていた。
一つの長い橋を越えた暫く後で、馬車は急に右へとよける。
その為に、ルークの左側に居たティアが不意に抱きついてしまうと言う事態に至る。
その事態を招いたのは、『漆黒の翼』を追うマルクト帝国が誇る陸艦タルタロス。
つまり、漆黒の翼とタルタロスの進行方向に二人が乗る馬車が居た為に、急に右へ避けた訳だ。
「あれは……」
「そう! マルクト帝国が誇る陸艦タルタロスさ! いやぁ、こんな場所で見れるとは思わんかった!」
と、ティアの呟きに馬車を操縦する男が、やや興奮気味にそう告げる。
その男の言葉に、え? と、少々唖然とした表情を浮かべた後で慌てるティア。
「この馬車は、首都バチカル行きでは?」
「バチカル? 違う違う。我等がピオニー陛下がおわす、首都グランコクマ行きさ!」
「…………ルーク様」
「敬語禁止。タルタロス見た時点で、現状把握したからそんな悲痛な表情するなよ」
な? と、困った表情を浮かべながらにそう告げるが、未だ表情が曇っている。
「おっちゃん! エンケーブで降ろしてくれ! 予定が変わっちまった!」
「わかった」
「あ、首都までいかねぇから……その分の料金返せよ?」
「……ちゃっかりしてるな。坊主」
「儲け損ねたな。おっちゃん」
ニンマリと笑うルークに対し、少々渋い表情を浮かべる男。
エンケーブに着いたら、差額分渡す。と、告げた後で馬車はエンケーブを目指しゴトゴトとゆれながら進んでゆく。
なお、料金はあの時とは違いティアの形見であるペンダントでは無く。
何故か、ルークの上着の内側ポケットに入っていたシュザンヌから貰ったお小遣いで支払ってある。
「………」
「ん? どうした?」
じっと此方を見るティアの視線に気付き、ルークは小さな笑みを浮かべて首をかしげる。
「いえ……ルークは、マルクトに来た事があるの?」
「………」
ぁ゛……。ルークの心の中でそんな変な声が漏れる。
バチカルのファブレ公爵家に軟禁されていたルークが、何故マルクトのエンケーブを知っているのか?
ティアの疑問は、まさに其れ。
「ほ、ほら。俺……アレだろ? 卓上旅行と読書が趣味でさ」
あ、もちろん剣術もだけど。と、誰かがとある時に誤魔化しで言っていた言葉をそのままかりてそう告げる。
ティアは、あぁ……なるほど。と納得したのか小さく頷く。
卓上旅行が趣味ならば、グランコクマへ行く途中に何があるのかがわかる筈だ。と、言う訳である。
「同じ趣味のヤツが、居てさ。結構二人で卓上りょ………自分で言ってて空しくなってきた」
「す、素敵な趣味だと思うわ」
明らかに気遣った言葉を聞き、更にルークは凹む。
同じ趣味のヤツを指すのは、使用人兼親友であるガイの事。
しかし、ガイと一緒に卓上旅行をした事は一度も無く……
もし、自分とガイの二人が淡々と卓上旅行している姿を想像した為に先程の発言に繋がった訳である。
エンケーブに到着するまで、馬車の中は先程と同じ静かな空間であったが……何処かドンヨリしていたのは余談である。
「ガイ」
ファブレ公爵は、目の前に傅くガイを呼びかける。
「お前に、ルークの捜索を命ずる。どうやら、情報部の話ではマルクト方面に飛んだと言う話だ」
「はっ」
「………それと、コレを持ってゆけ」
そう言ってファブレ公爵は、拍手を二度打つ。
すると、扉を開けてラムダスが布に包まれた何かを持ちファブレ公爵の方へと歩み寄る。
すまんな。と、短くラムダスに声をかけた後でその包みを受け取る。
失礼しました。と、ラムダスは部屋を出てゆく。
「お前が、持つべき物だろう」
包まれていた布を取り払うと、其処に在ったのは宝刀ガルディオス。
其れを見るなりガイは、目を見開いた後でファブレ公爵を見やる。
「ガイ……いや、ガイラルディア・ガラン・ガルディオス」
本当の名前を呼ばれ、ガイは限界までに目を見開く。
「何故……わかった?」
「お前の使う剣術は、アルバート流ジグムント派だったな? アルバート流はホドが発祥の地だ……
それに……お前とは、一度会っているのだよ。まぁ……まだお前が小さい頃の話だがな」
ファブレ公爵は、苦笑を浮かべた後で宝刀ガルディオスを半分押し付ける形でガイに手渡す。
ガルディオスを受け取り、少々困惑するも再びファブレ公爵を見る。
「俺は、アンタ達ファブレ家に復讐する為に此処に居る」
「知っている。だから、使用人として置いた」
「………何を考えてる? 今このガルディオスを抜いてアンタを殺す事は容易だ」
「殺されてもしょうがあるまい。私は、其れだけの事をしたのだ」
「…………」
「…………」
殺気混じりの沈黙。
「ガイ。ルークの捜索を頼んだぞ」
「……はっ……」
「あぁ……これは、独り言だ。私は、あの戦争の事を忘れては居ない。
私の親友を手に掻けた事を忘れもしない……国の為にと言う言葉は、免罪符にしか過ぎん……
こんな私に出来る事は、些細すぎる……ん? ガイ。何をしている。さっさと行かんか」
では、失礼。と、ガイは、立ち上がり宝刀ガルディオスを腰に差し部屋を出てゆく。
そんなガイの後姿を見て、ファブレ公爵は溜め息を一つついた。
「なぁ……お前の息子は、元気に育ったぞ。お前を殺した私は……コレからどうするべきだろうかな?」
そんな呟きが、誰も居ない部屋に響いて消えた。
「いやーびっくりしましたね。アニス」
「えぇ、色んな意味で驚いてます。イオン様」
タルタロスの一室にて、優雅に紅茶を嗜むイオンの言葉に、アニスは淡々とした口調でそう告げる。
「一応、僕が此処に居るのってなんでですっけ?」
「マルクトとキムラスカの和平仲介役ですね」
「ですよねぇ〜……で、このタルタロスは和平を行う為にキムラスカに向かってましたよね」
「はい」
紅茶を一口のみ。イオンは、天上を仰ぎ見る。
「重要な任務ですよね」
「重要すぎます。和平と口軽く言えますが……その重要性は、高すぎます」
「自称義賊を名乗る者達を追う事よりも?」
「追う事よりもです」
うーん。と、其処で何事かを考える様に腕を組むイオン。
そんなイオンが何を考えているのかを大体察知しているアニス。
「マルクトって本当に和平するつもりあるんでしょうかね?」
「……わざわざイオン様をダアトからお連れして、こんなんじゃぁ……怪しいと思います。本当」
「いやぁ……愉快な人だね。ジェイドって」
「愉快と言うか、腹黒い?」
「それは、アニスの事じゃ……」
「イオン様も十分腹黒い気がします。何時も被害にあうシンクとディストが可哀想な気がしてきました」
空になったティーカップに、紅茶を注ぎながらにアニスがそう言う。
その言葉に、イオンはニッコリと微笑みを浮かべ……
「僕は何もやってませんよ。どちらかと言うと……」
「モース様ですよね」
いつの日かのローレライ教団の日常を思い出す。
満場一致で、モースが原因と良くわからない答えが導き出されるのだった。
おまけ
ディストとアリエッタと人形
「ディスト」
「おや、また来たのですか?」
「ん。コレ」
「? 人形……ですか?」
「アニスの人形。大きくなった。ディストにしてもらったって聞きました」
「……つまり、これも同じようにしてほしいと?」
「ん……アニスとお揃い」
「……まぁ、モースに頼まれた研究が少々行き詰って気分転換したかったので。良いでしょう」
「………」
「?」
「じばくきのーは、いらないです」
「つけませんから、安心しなさい」
「ん」
「あ、でもトクナガにはつけましたっけ? 自爆機能?」
「……アリエッタに聞かれても、わからない、です」
「はははは。そりゃそうですね。まぁどうでもいいですね」