「ちぇー?」 「うん。そうだよー! 橙だよー!」  八雲 藍の式神。橙が目の前に居る。  まだ幼さが残る子どもの見た目に似合わない口調で発せられた言葉に、  そうだよー! と、嬉しそうに頷いている。 「ちぇー!」  橙の頷きに、パァッと笑顔を浮かべて元気良く橙を呼ぶ。  それが嬉しいのか橙は、その子どもの頭を撫でたり抱きしめたりしていた。  そんな橙と子どもを少し離れた所から見ている妖怪二人。  妖怪の賢者と呼ばれる八雲 紫とその式神の八雲 藍である。 「いいわねぇ〜。子どもは無邪気が一番よねぇ……」 「そうですね。紫様」  紫の言葉に、極めて普通に返す藍。 「して、何処から攫ってきたのですか?」  橙と遊びだした子どもを見やりながらに藍は、尋ねる。  このマヨヒガに、人間の子どもが迷い込むなどと言う事は、ほぼ確実に在り得ない事であるからだ。  ゆえに、子どもをつれてきたのが己の主であると分かっていた。 「世界と異世界の境界を弄って遊んでた時にちょっとねぇ〜」  暇つぶしに境界線を弄って違う世界を色々覗いていたんだけども。と、扇子を口元に当ててコロコロと笑いながらに言う。  紫を見て暇つぶしのスケールが違う気がするの……と、藍はなんとなく思うも紫の式神として使えて早数うん百年。  暇つぶしだと言うなら本当に暇つぶしなのだろう。と、思考を終わらせる。 「それに、あの子面白いのよ?」 「面白いですか?」 「あの子、齢いくつにみえるかしら?」  と、言われて藍は改めて子どもを見る。  見た目で言うなら人間で言う所の十代前に見える。  しかし、それなら言葉が幼すぎてしまう。  十代前ならば、普通に橙の名前を発音できるはずなのに、あの子どもは「ちぇー」と、  まるで初めて言葉を話す赤ん坊の様。 「あれでまだ赤ん坊なのよ? あの子。生まれたての」 「はぁ?!」  ありえない。と、藍は目を見開く。  そんな藍の反応が面白いのか、紫は、先ほどと同じ様にコロコロと笑う。 「クローンなのよ。あの子」  正確には、違うのだけども。分かりやすく言うならクローンね。と、紫は扇子を閉じる。 「ヒトのクローン……ですか?」 「そ、外じゃ禁止されてるけども、異世界じゃ関係ないわよね」  世界変われば常識も違う。 「あの子の世界では、あの子をレプリカと呼ぶそうよ」 「レプリカ……」 「そ、まぁいいんじゃないかしら? どうせ、あの子使い捨ての道具にされるようだったから」  使い捨てされる前にその道具を奪ってきてもいいじゃない。  ふふん。と、笑う紫を見て藍はため息。 「まぁ、橙も弟が出来た様に嬉しそうですから良いですが……」 「と、言う訳で面倒を見るのは、藍と橙にまかせるわ」  紫のしたり顔に、少しシブい表情を浮かべたが、わかりました。と、藍は頷いた。 「時期が来たらそうねぇ……あの子を元の世界に放りこんでみたら面白いかしらねぇ」  その言葉に、藍はなんとなくまだ精神が赤ん坊である子どもに、がんばれ。と、声援を心の中で送っておいた。 「そういえば、紫様」 「なに?」 「あの子の名前は?」  さっきから気になっていた為。尋ねる。 「無いわよ?」 「ナイワヨですか?」 「違う違う。名前無いのよ。あの子」  オリジナルの名前は、知ってるけど。レプリカとして生まれたあの子の名前なんてある訳ないじゃない。  と、紫は、藍を可哀想な人を見る様な目で見る。 「んなっ! じゃ、じゃぁあの子をなんて呼べばいいんですか?」 「適当でいいんじゃなぁい?」 「……それは、流石に酷いかと」  わがままねぇ。と、紫は苦笑。苦笑されていや、わがままとかそういう問題じゃぁ……と、藍はがっくりと肩を落とした。 「じゃ、オリジナルの名前がルークだったから。瑠璃石の瑠にクレナイの紅で瑠紅でいいんじゃない?」  凄まじく適当だった。と、後日瑠紅に名前の由来を聞かれた時に藍はそう答えたのだった。